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札幌地方裁判所 昭和56年(ワ)2485号 判決

原告

鈴木博孝

右訴訟代理人

菅原光夫

磯貝英男

被告

サンワード貿易株式会社

右代表者

渡辺真

右訴訟代理人

岸田昌洋

小黒芳朗

主文

一  被告は原告に対し、金五六〇万円及びこれに対する昭和五五年六月三〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二同3ないし6について

1  同3のうち、伊藤と小松が被告会社の社員であることは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められ、この認定に反する右各供述の各一部はにわかに措信できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  取引の外形

被告会社は、昭和五五年三月一四日、原告から砂糖の先物取引の委託を受け、同年三月一七日から同年五月一四日までの間、別紙(1)、(2)記載のとおり、東京砂糖取引所において、新規取引一〇回及びこれに伴なう仕切取引(手仕舞)一〇回を原告の計算において行ない、この間、同年三月一七日に金四〇〇万円、同年三月一九日に金二〇〇万円、同年三月二二日(帳簿処理上は同年三月二四日)に金二〇〇万円合計金八〇〇万円の委託証拠金の預託を受けた。

被告会社は、以上の取引により、同年三月末日までの昭和五四年度会計年度において、原告に対し、委託手数料債権合計金四四万四〇〇〇円を取得し、これと原告に生じた売買差損金合計金八八万二〇〇〇円の合計金一三二万六〇〇〇円を、同年三月末日、前記委託証拠金八〇〇万円により精算(相殺)し、同日、委託証拠金残高は金六六七万四〇〇〇円となつた。

同様に、昭和五五年度会計年度の同年四月以降同年五月一四日までの取引において、原告に生じた売買差損金は金六三〇万円(差損金七二四万九五〇〇円、差益金九四万九五〇〇円)となり、被告会社の取得した委託手数料債権は合計金七二万七〇〇〇円となり、以上の合計金七〇二万七〇〇〇円は前記委託証拠金残高を超過し、被告会社が同年六月末日、精算(相殺)をした結果、原告の被告会社に対する委託手数料未払額は金三五万三〇〇〇円となつた。

以上要するに、原告は右の全取引を通じて委託手数料以上に売買差益金を得たのは一回のみで、他は全部損金勘定となり、その差引合計損金は金七一八万二〇〇〇円で、加えて被告会社に対しては合計金一一七万一〇〇〇円の委託手数料債務を負担することになつたところ、委託証拠金八〇〇万円で精算された結果、なお金三五万三〇〇〇円の委託手数料が未払の状態となつているのである。

(二)  取引の実体

(1) 原告は、日高山脈の麓で水田約六町を耕作し、休耕地にビートを栽培していた農民で、約金四〇〇万円の銀行預金を有していたが、昭和五五年三月一四日(金曜日)夕刻、被告会社の営業社員伊藤の訪問を受け、砂糖先物取引の勧誘を受けた。

原告は、伊藤から先物取引に関する一応の説明を受け、伊藤の相場観では今後砂糖は値上りし、同月中には投下資本の二、三割の利益が得られると言われ、昭和五三年の自己のビートの作柄が不作であつたため原告自身も今後砂糖は値上りするものと考え、また、原告と一緒に伊藤の説明を聞いていた原告の妻も砂糖の取引が伊藤の言うように儲かるものであれば前記の銀行預金をするのでなかつた等と言つて乗気になつたこともあり、同年三月一七日(月曜日)に金二〇〇万円分の買建をして取引を開始することを了解し、伊藤から商品先物取引のパンフレットや東京砂糖取引所の受託契約準則(以下、準則という。)の印刷物の交付を受け、パンフレットについて一応の説明を受け、準則を読んでおくようにと言われたが、結局、右の説明からは先物取引の仕組、取引の単位、委託証拠金の性質等を理解することができず、そのことを伊藤に告げたところ、伊藤から、原告が理解できなくても自分達被告会社の専門家が理解しているから心配ない旨説得され、利益の獲得に専ら関心があつたことも手伝い、それ以上理解しようとせず、パンフレットの交付説明を受けた旨の証明文書と準則に従つて取引することを承諾する旨の証明文書に署名押印し、伊藤に交付した。

(2) 原告は右の当時まで商品先物取引の知識も経験も無かつたが、伊藤から十分な説明を受けようともせず、その後、伊藤が置いて行つたパンフレットや準則を読もうともせず、準則を読み始めても第一条の段階で自分の理解が及ばないものとあきらめてそれ以上は読まなかつた。それは、原告が伊藤の説明によつて、利益を獲得することに専ら関心を持ち、また、伊藤ら被告会社の従業員に対して全面的な信頼を持つたからであり、さらに、原告が尋常高等小学校六年を出ただけで十分な理解力や読解力が無かつたからでもあつた。

その結果、原告は、被告との商品先物取引委託契約に関し、委託証拠金は砂糖代金そのものであり、被告は原告のために先ず金二〇〇万円相当の砂糖を購入し、値上りした段階でこれを他に転売して利益を届けてくれるものと理解し、値下りした場合は、農作業のない冬場に右購入にかかる金二〇〇万円相当の砂糖を行商して売捌こうと考えるに至つた。

そのため、原告は、その後、取引に関して被告から交付された委託証拠金預り証、委託売付・買付報告書および計算書等の文書類をも十分読もうとせず、委託証拠預り証は売買代金の領収書であると考えていた。

(3) 被告会社は、原告の計算において、同年三月一七日前場一節で八月限の買玉二〇枚(約定値段金二四〇円四〇銭)を建て、伊藤において原告に架電し、外国市場でも値上りしているから買つておくと儲かるからと勧誘し、原告が更に金二〇〇万円を投資することを了解したため、被告会社は同様に同日前場二節で八月限の買玉二〇枚(約定値段金二四〇円九〇銭)を建てた。そして、原告が、同日、被告に対して金四〇〇万円の委託証拠金を預託したことは前示のとおりである。

(4) ところが、その翌日の同年三月一八日、砂糖は値下りを始め、前場二節の八月限の約定値段は金二三六円六〇銭となり、原告の前記四〇枚の買建玉には計算上合計金一四五万八〇〇〇円の仮損勘定が生ずることになつた。原告は、前示のとおり一枚につき金一〇万円の委託証拠金を預託していたが、当時、委託本証拠金は約定値段が金三〇〇円未満のときは一枚につき金六万円であつたから、原告の本来の委託本証拠金は合計金二四〇万円となり(その余は水増の証拠金と考えられるところ)、これを基準にすると原告の前記四〇枚の買建玉を維持するには委託追証拠金(追証)を必要とする事態となり、値下りが続けば実際に追証が必要になるか、仕切をしても膨大な差損金の生ずることが予測された。

(5) そこで、伊藤は上司の菅野と相談し、前記の買建玉と同数の売玉を建てるいわゆる両建の方法により原告の差損金の発生を防止することにし、原告に架電のうえ、同日前場二節で八月限の売玉四〇枚を建てた。

右同日、伊藤と菅野は原告方を訪れ、原告に対し、伊藤の見込み違いで砂糖が値下りし、原告に損害が生ずることになつたことを詫び両建について一応の説明をし、これにより損害は発生しないこと、値が下り切つた段階で売玉を仕切り、買玉の値上りを持つことにより損害の回復は可能であることを説明した。

しかし、原告は、前示のとおり、先物取引については、委託証拠金相当の現物取引であるとの認識しか無かつたため、伊藤らの右電話又原告方での売建や両建についての説明を全く理解することができず、何よりも一両日にして金一四〇万円以上の損害が発生したことに驚き、伊藤らの説明を受けても混乱するばかりであつたため、原告方に来た伊藤らに対し、現段階の損害は甘受するから取引をやめたいと申し込んだが、原告は取引をやめれば現物の砂糖が渡されるものと誤解しており、四〇枚の砂糖の現物は三六〇トンでその代金は前記委託証拠金四〇〇万円では到底足りる筈もなく、伊藤らは同日既に前示のとおり更に四〇枚の売建をしていたので、何とかこれを原告に了解させるべく種々説得した。しかし、原告は混乱を深めるばかりで、結局、伊藤らの右の説明、説得により原告が理解したところは、更に金四〇〇万円を被告会社に渡さなければ、砂糖の現物は勿論これに代る既に支出した金四〇〇万円も手元に戻らないこと、換言すれば、更に金四〇〇万円を被告会社に渡せば、現状回復されること、であつた。そこで原告は、元も子も無くするよりは、伊藤らの言を信用する以外にないと考え、金四〇〇万円を被告会社に渡すこととし、土地を担保に他から借用し、前示のとおり、同年三月一九日に金二〇〇万円、同年三月二二日に金二〇〇万円の合計金四〇〇万円の委託証拠金を支払つた。そして、そのころ、伊藤は、原告から買玉四〇枚の申出書及び売玉四〇枚の申出書を徴したが、右はいずれも伊藤が原告に下書を示してそのとおりに書かせたもので、原告に書かせたときにはいずれにも作成日を記載させず、被告会社に持ち帰つた後に、前者には同年三月一七日の、後者には同年三月一八日の各日付印を押捺した。

(6) そして、以後の取引においても、先物取引に関する原告の前示の認識は変らず、結局、多額の差損金を生じ、以後、原告はノイローゼの状態となつた。

(三)  被告会社の責任と原告の損害

(1) 以上認定した事実によると、原告は被告との本件砂糖先物取引について、現物取引と同様な取引であり、値上りすれば、利益が出、値下りすれば損失が生ずるという程度の極めて不十分な認識しかないまま取引を開始し、継続した結果、多額の売買差損金と委託手数料を負担するに至り、これらと、被告に対する金八〇〇万円の委託証拠金返還請求権が昭和五五年六月三〇日精算されたため右請求権を喪失したものであるところ、原告が右のような認識で取引を開始、継続したのは、被告会社の伊藤らにおいて、原告にはもともと先物取引についての知識も経験もないことを知りながら、先物取引についての通り一遍の形式的な説明をしただけで、原告がこれを理解しえない状態にあつたのに、これを顧慮せず、原告に対し、利益の獲得のみに関心を奪われるような甘言を用い、利益の獲得や損害の回復が確実である旨信じ込ませたことが最大の原因であつたと認められる。従つて、原告の右のような認識を前提にすると、原告が被告に対し、各個別の取引を具体的に指示していたものとは認められず、伊藤ら被告会社の従業員の言いなりに取引を継続していたものと推認されるのであつて、このような被告会社従業員の原告に対する先物取引勧誘行為が、社会通念上商品取引における外務員らの行為として許容されうる範囲を逸脱した違法な行為であることは、商品取引所法九四条及び準則一七条、一八条に照らし明白である。

よつて、被告はその従業員伊藤らの不法行為によつて原告の喪失した金八〇〇万円の委託証拠金返還請求権相当額を損害として原告に賠償しなければならない。

三過失相殺

ところで、前記認定事実によると、原告が前記の損害を受けるに至つたについては、原告が伊藤らから極めて不十分であるにしろ、先物取引の説明を受け、パンフレットや準則の交付を受けながら、これらを理解しようとせず、また、理解しないまま伊藤らの言を軽率に信用し、利益の獲得や損害の回復のみに目を奪われ、盲目的な状態のまま本件取引を開始、継続したことも一因となつているものと認められ、これらを、原告の過失として斟酌すべきところ、原告の理解力、読解力の程度、伊藤らの右説明の内容やパンフレット等の内容等を勘案すると、原告自身の過失は三割と認めるのが相当であるから、前記損害額から三割を控除する。

四結論

よつて、本訴請求は原告が被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金五六〇万円及びこれに対する右損害発生の日の昭和五五年六月三〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(小野博道)

別紙(1)、(2)〈省略〉

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